Akito's diary books.

There is only one success - to be able to spend your life in your own way.(by,Christopher Morley/1890~1957)

氏ムシメ

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氏ムシメという人物をご存知だろうか?

知る人ぞ知る、かつて10年程前に、ブロガー、Web漫画家、イラストレーター、ネットラジオ放送主としてネット上で幅広く活動し、わずか22歳という若さで自ら命を絶った伝説の男性ワーキングプアである。

 

「氏ムシメ(読み:うじ ムシメ)」というハンドルネームは、氏が尊敬していた漫画家の一人である、楳図かずおの代表作『漂流教室』の作中にある「ふん、うじむしめ!」「このうじむしめ!」という台詞からネーミングしており、

「社会の底辺で生きている自分は、食物連鎖の底辺で生きている蛆虫と同じような、惨めで下等な存在だ」

という自虐的な意味が込められている。

 

2ちゃんねらーであれば、おそらく生前の彼と関わりのあった最も代表的な人物でもあるニートスズキに詳しい人ならご存知だろう。

 

既に亡くなった後になってから知ったとは言え、この僕にとっては特別な存在であり、思い入れがとても強いムシメさん。今回この記事では、そんな亡きムシメさんに関するまとめを主に、僕が彼の存在を知った理由や、彼に対して抱いているただならぬ思いなどを、一つの記事というコンパクトな形に書き述べていく。

僕が氏ムシメさんを知った理由 

発端

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今から7年前、大学生だった当時の僕は、家族も含めた周囲にいる人達との比較による凄まじい劣等感と、人間関係が上手くいかない事による孤立感と、あまりにも複雑だった高校時代の過去を引きずって悔やんでばかりいた事や、自分自身の無力さによる凄まじい自己否定感が原因で、酷い鬱状態にあった。

 

だからこそ、当時は生きる事に対する意欲がほとんど無かった上に、生きている実感がしない時もあった。

 

しかも当時は、iPhone 5を買ってスマホデビューし、どんな所でも好きな時にインターネットが自由にできるようになった事で、スマホでネットを開く度にしばしば、「死にたい」「自殺」などと言った、ネガティブなキーワードを検索し回ってばかりいた。

 

そうした暗い習慣を続けていた時に偶然見つけたのが、『無への道程』というブログだった。

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このブログは、zar2012というコテハンの、当時30代半ばの独身中年男性が、2009年から2012年までの3年間に渡って書き綴っていた物で、最初は南アフリカランドの為替証拠金取引セミリタイアを目指していたごく普通のFXブログだった。

その背景には、長年勤めていたアダルトゲーム制作会社の低賃金労働や、今まで働いて来た中で遭って来た理不尽な出来事などが原因で、働きながら稼いで生きる事自体に嫌気をさしていたという理由があった。

 

しかし、2011年3月に東日本大震災が起きた際に対応を誤って大損害を出した事により、セミリタイアの夢は潰れてしまった。

それによって氏は、FXをやる意欲どころか、働く意欲や生きる意欲すら失ってしまい、その後は貯金が無くなったら自殺するという終わりを自ら設けて自身をそれに縛り付け、ブログは自殺するまでの日々を淡々と書き綴った日記となってしまった。

最終的には、予定していた自殺決行日に、読者に対するお別れの挨拶も込めた最後の記事を投稿したが、氏が最終的に自殺したかどうかは定かではなく、あれから7年が経った今となっても、それを調べる術など無い。

 

そんな無への道程が僕に与えた影響や衝撃はあまりにも大きかった。氏の独特な考え方や仙人のような達観ぶりに感銘しただけではなく、この国で近年急増している、氏のような弱者男性という存在に興味を持たせたからだった。

僕はこのブログを読んだ以降、氏と同じような弱者男性のブロガー達(主にくらげネコさんなど)が書き綴った数々のブログを読み漁るようになった。

それに弱者男性と言っても、主に独身中年男性のワーキングプア非正規労働者、無職、ひきこもり、非モテなど、種類は様々だった。

 

そもそも、どの国・どの人種においても基本的に、「男性は強くなければいけない」という風潮が強いだろう。だからこそ、男性にとって弱い」という事は、最も恥ずかしい事であり、並びに最も重い罪でもあるのかもしれない。

僕が彼らのブログを読んだ限りだと、ブロガー達は皆共通して、男性でありながら無力で弱い自分自身に対して罪悪感や嫌悪感を抱き、それに対して最も悩んでいた。

 

そして、数々の弱者男性のブログを次々と読み漁った後に、次に読みたいブログを探っていた時に、ついにムシメさんのブログ『日本一才能のない漫画家志望(死亡)』を偶然見つけた。

ブログを読んで

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ムシメさんのブログは、彼が自殺を遂げて亡くなるまでの3年以上もの間に渡って、更新を休む事も怠ける事も一切なく、毎日集中的に書き綴っていた物で、そこには日々の日誌記録だけではなく、自殺に至るまでの流れまでも詳しく書き綴られている。

この事から彼は、記録魔だった事が分かる。

 

それにムシメさんは、自分自身の気持ちを余計な要素など一切加えずに素直に書き綴っており、そうした文面から、その日その時に思った事や感じた事が、読んでいて生々しく伝わって来た。

 

ブログを始めて知った時、ムシメさんはもう既に故人という存在であったが、最初はあまり関心が無かった為に、ほとんど見向きをしなかった。

ブログを真面目に読むようになったのは、それからしばらく後の事だったが、更新頻度の高さと、本人の多彩さや、素直に書き綴られた文面の生々しさから、読む度にだんだんと引き込まれていった。

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彼のブログを読んでいて真っ先に感じた。僕はムシメさんと、人柄と性格も、考え方と感じ方も、そして生き方や抱えている悩みなども似過ぎている。

 

だからこそ僕は、ムシメさんに対して、この上ない共感を覚えただけではなく、ただならぬ縁までも感じた。

それどころか僕は、今まで生きてきた中で、彼よりも共感した事のある人物は、他に誰一人もいない。

 

何より最も感じた事は、僕にとって彼は、決してただの『他人』という存在ではないという事だった。

性格と人柄

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ムシメさんは小柄な上に内気で気が弱く、子供の頃から何もかもが周りに負けてばかりいて、要領が悪い為に何をやっても上手くいかず、それら故に誰からも馬鹿にされやすい上に、どこへ行ってもいじめの標的になりやすいひ弱な人柄で、その上、低学歴のワーキングプアという典型的な弱者男性だった。

 

だからこそムシメさんは、人一倍以上に劣等感や自己否定感が強くて、あまりにも悲観的という非常にネガティブな性格をしていた上に、弱くて惨めな自分の事を徹底的に嫌い、憎み、自虐し、自分で自分の事を「誰よりもダメなダメ人間」「人生の落伍者」などと徹底して否定的に捉えていた。


しかし、彼が抱えていた闇や苦しみは、数々の悩みだけではなく、自身のあまりにも壮絶な過去の暗い生い立ちや、心の余裕までも奪っていた日々の貧困生活までもが大きく関わっていた。

あまりにも壮絶な過去の暗い生い立ち

誕生まで

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出典:中国網

秋田県で生まれ育った父親は工業高校卒業後に上京し、当時は大手だったミツワ自動車に就職。

母親も同じように、高校卒業後は現在も大手の環境装置・設備等製造企業として名高い荏原製作所に就職。

当時は景気が良かったからこそ、高卒でも大手の企業に入る事ができ、逆に大学に行く方が勿体無いと言われていた時代だった。

 

そんな両親は20代半ばの若さで結婚。

 

だが、母親は精神病の予兆があった事で、最初に身籠った子を堕産。

この時から既に、後の貧困と家庭崩壊やムシメさんの波乱に満ちた壮絶な人生の前兆があったのだろう。

幼少期~小学生時代

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バブル景気真っ盛りだった1988年の2月9日に長男としてムシメさんが誕生し、翌年に長女が誕生。

長女とは喧嘩ばかりしていた事もあったが、それでも2人で行動するという事が多かった。

保育園時代は活発な男の子として育ち、特に家の中に籠って絵描きや模型遊びをする事を好んでいた。

 

しかし当時はその一方で、言葉の発音が悪い所を指摘された為に、小学校に入るまでの間に渡って言葉の教室に通わされていた。


人柄と性格だけではなく、こうした点も踏まえると、ムシメさんはやはり発達障害だった可能性が高い。

 

それだけではなく、親から愛情を充分受けずに育っていた事にも、ブログを読んでいて気付いた。こうした事も、彼の極めて自己否定的な性格を作り上げた要因の一つにもなったのだろう。

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続いて小学生時代は、小柄で気が弱い上に、勉強とスポーツ共に他の誰よりも落ちこぼれていた事でいじめを受けていた。(ちなみにいじめは、その後の中学時代と高校時代でも続いて遭っていた)

 

そして更には、母親が次女を出産した後に精神病が悪化して、心身共に異常をきたすようになってしまい、後に重度の双極性障害と診断された。

 

これによって母親は、働く事はともかく、家事を行う事や普通の日常生活を送る事すら困難となってしまい、家族を離れて実家で介護生活を送るようになった。

それ以降はムシメさんが母親の代わりとして自ら家事を行っていった。

そんな子供の頃は他にも、ヒューザー製の新築マンションに引っ越しているが、そのマンションが実は耐震偽装設計である事と、数年後にそれが発覚して、家族もろともどん底に突き落とされてしまう事など、当時は予想すら一切していなかった。

中学時代

中学時代は一人だけの園芸部で活動し、更には数々の漫画やアニメにハマったりするなど、壮絶な小学校時代と比べて比較的落ち着いた学生生活を送っていた。

 

しかし、卒業式の3日前に、名門進学校への進学が決まっていた優等生の友人が失恋を理由に自殺。それだけではなく、自身は都内最底辺として悪名高い高校への進学が決まっていた。

高校時代

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ムシメさんにとっての高校時代は、自身の人生における最大の汚点であったと共に、人生を大きく狂わせた暗黒時代でもあった。

高校は農業系の学校だったが、そこではいつもの農作業で心身共に苦しめられ、しかも東京都内で偏差値が最も低い高校である為に、校内環境は当然のようにヤンキーだらけで荒れていた。

 

しかも当時は、父親が当時務めていた会社が潰れた事で父親は失業した(三度目の失業でもある)。それによってムシメさんはアルバイトを始めたが、そこでは毎日夜遅くまで働かせられて自由な時間を奪われ、更には給与をごまかせられるなどの被害に遭っていた。

そして更には、自身が高校3年生の頃に、自身と家族が住んでいるヒューザー製のマンションが耐震偽装設計である事が発覚し、それによって莫大な借金を作ってしまった事で、家族もろともどん底に突き落とされてしまった。

高校卒業後〜ブログを立ち上げるまで

高校卒業後は進学と就職のどちらもできなかった為に、ニートとなってどん底の堕落した人生と生活を送っていた。そんなニート時代には家庭の経済を救う為にも一攫千金を実現しようとして、株や信用取引に手を出した事もあったが、いずれも失敗に終わっている。

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その後、何としてでも自堕落的な自分と人生を立て直そうと決意してフリーターとなり、更にはブログを立ち上げた。(ちなみに当初はSeesaaブログサービスではなく、Livedoorブログサービスで行なっていた)

  • 格差社会(ブログを立ち上げた際に投稿した最初のブログ記事)

日常生活

精神的にも経済的にも逼迫していた日々の生活

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ブログでは、ブログを立ち上げた最初から自ら命を絶つ直前までの間に渡って一貫して、心の闇と貧困の苦しみそれぞれに対する嘆きを書き綴っていた。

 

母親が重度の精神病に苦しんでいる事と、父親の仕事が常に不安定な事や、自分もそんな父親と同じようにバイトでの仕事が上手く行かない上に、その職場で日々いじめられていて辛い事。

 

自身が住んでいるヒューザー製のマンションが耐震偽装設計の欠陥住宅である事と、それが発覚した時に作ってしまった多額の借金を抱えている事などにもよって、家庭の経済がかなり逼迫している為に、日々の生活がとても息苦しい事。

 

この国の過酷な格差社会に絶望している事と、それに対して生きづらさを抱えている事。

 

周りに比べて何もかも負けてばかりいる上に、人間的にも社会的にも弱い事などにもよる人一倍強い劣等感や、自身の過去の壮絶な暗い生い立ちのトラウマなどと言った、計り知れない程の心の闇を抱えている事と、それに毎日苦しみ喘いでいる事。

それに、そんな自分の事が殺したい程とにかく憎くて大嫌いでたまらない事。

 

そして、以上の理由で人生と将来を悲観していて明るい未来を描けない事や自殺願望を持っている事。

心を蝕んでいた自殺願望

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自殺願望はあまりにも強く、「死にたい」などのネガティブな発言がブログ上での口癖だった上に、自作漫画で自らネタにしていた。

 

それに、死にたい気持ちはブログだけではなく、常連だった2ちゃんねるの自殺関連スレッドにも書き込んでいた。

自殺未遂騒動

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ブログ初期の2008年2月頃には、自殺の為の硫化水素の作り方を撮影した動画をYouTubeに投稿して、更には自身のブログに硫化水素自殺のやり方を書いた記事を投稿した上に、自ら硫化水素自殺を図ったが、未遂に終わっている。

この事は、後に日本テレビに目を付けられた事によって日本テレビの取材を受ける羽目になり、同年の5月12日に放送されたNEWS ZERO硫化水素特集に出演した。

 

しかし、ムシメさんにとって自身の取り上げ方は気障りな物だった為に、それ以降ずっと日本テレビを恨み続けた。

ブログはこの一連の騒動によって、Livedoorの運営によって削除されたが、後にSeesaaブログサービスでブログを再建している。 

ネット上でのクリエイター活動

自殺未遂騒動からの立ち直り

ムシメさんは自殺未遂騒動後に何とか気を取り直し、自身にとって数少ない貴重な心の支えの一つでもある、プロ漫画家になりたいという夢や、数々の漫画やアニメに対する愛情に目を向け、本気でプロ漫画家を目指す事を決意して立ち直った。

 

そうしてムシメさんは、漫画とイラストの勉強と制作を始めただけではなく、スティッカムネットラジオ活動を行うようになった。それだけではなく、漫画・アニメ学部のある専門学校のオープンキャンパスに転々と足を運ぶようになった。

スティッカムでのネットラジオ放送活動

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スティッカムネットラジオ放送では、ワーキングプア☆ステーションという初期のブログタイトルと同じ番組名で、日々の貧困生活やアルバイトなどに関するフリートークを語っていただけではなく、自作漫画と自作イラストの制作実況も行っていた。

ムシメさんのトーク力は隙が無い上に会話内容が破綻する事も無く、立て板に水でベラベラと喋り続けられる程の非常に高いものだった。

この事から彼は、頭の回転が速い聡明な人物だった事が分かる。

 

それに喋り方は軽快で、普段書き綴っていたブログの自虐的な日記文からは感じられない爽やかさや好青年っぷりを感じた。

www.nicovideo.jp

他にも、ニコニコ動画ではkurobuntyouという彼が過去に飼っていた文鳥に因む別名義で、日記タグに動画をいくつも投稿していた。

ニコニコ動画に投稿した動画でも、スティッカムネットラジオ放送で発揮していた自身の高いトーク力によるマシンガントークが活かされていた。

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(↑氏ムシメさんが制作した、2008年の6月14日に吉祥寺の某所で開催されたニコニコ動画日記タグユーザーのオフ会、『日記<タグ>ナイト』のポスター。当時、ニコニコ動画の日記タグで動画を投稿していたムシメさんは、当オフ会に参加した)

 

一方で、漫画とイラストの画力や技術は少しずつ上達していった。

Web漫画家・イラストレーターとして

活動

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そして2009年の4月、憧れていた代々木アニメーション学院に入学した。

代アニでの学校生活は、いじめられ経験や家庭崩壊などの暗い出来事のせいで悲惨だった小学生時代や高校時代とは対照的に、交友関係に恵まれ、安穏でとても充実していた。

そうした学校生活はムシメさんにとって、かけがえのない青春だっただけではなく、普段の逼迫した貧困生活や過酷なアルバイト労働で傷ついた心を癒す、貴重な処方箋と言ったような存在でもあったのだろう。

 

代アニに入学してからは、スティッカムで活動する事は少なくなった後についにはやらなくなった物の、その代わりに漫画やイラストを次々と描いて、それらを自身のブログや無料漫画投稿サイトに次々と掲載するようになった他、数々の漫画大賞に応募するようになった。

それら以外にも、デッサン教室に通ったりなどしていた。

 

当時のムシメさんは、何としてでもプロ漫画家になりたいという気持ちが本当に強かった事が分かる。

 

しかし、主な活動の場として使っていた無料漫画投稿サイトであるマンマルは、残念ながら彼が亡くなった翌月にサービスを終了した為に、そこだけに投稿していた作品はもう読む事ができない。

だが、第二の活動の場としても使っていた無料漫画投稿サイト、ドリームトライブに投稿していた短編漫画二作は、そのサイト自体が今でもサービスを続けている為に、今でも読む事ができる。

また、一昨年には、ムシメさんのファンと思われる人物が、Pixivにムシメさんの非公式アカウントを立てており、そこでムシメさんが生前描いてネット上に公開していたほぼ全ての漫画・イラスト作品(マンマルだけに投稿していた漫画・イラスト作品などは除く)をまとめ読みする事ができる。(とは言っても全て無断転載であるが)

四コマ漫画日記「ワープア漫画道」

漫画作品の中でも最も有名な物は、自身のブログにも連載していた四コマ漫画集、ワープア漫画道で、この漫画作品は彼自身の普段の貧困生活や日常などを、自虐やフィクションを交えて描いたギャグ漫画だった。

話は特に、アルバイトでの辛い経験を元にしたエピソードや、嫌な思いをして辛くなって首を吊るという救いの無いオチが多い。

それに絵柄は、ホラー調の醜くて汚い感じの絵柄であり、登場人物はムシメさん本人も含めて皆、醜い姿で描かれている上に世界観は悍ましいが、そうした作風こそが漫画のブラックな内容を引き立てている。

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この四コマ漫画集は憂さ晴らしとして、惨めで情けない大嫌いな自分自身を容赦なく自虐しながらも、自分の辛さを必死に打ち明けている感じがした。いわば、自傷行為のような物でもあったのだろう。

 

その一方で、アルバイト先の嫌いな上司や同僚らが、自分に対して行なってきたいじめなどの嫌な行為を描いて、それをネット上に曝け出すというやり方で、彼らに対する復讐を行っていた感じもした。

描いていた漫画の作風

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ムシメさんが一貫して漫画に描き続けたテーマは、高揚感溢れる熱いバトルアクションやスポーツ青春などを描いた少年漫画や、甘酸っぱくてロマンティックな恋愛ドラマや学園青春などを描いた少女漫画などのような、いわゆる商業路線の華やかな物ではなく、いじめと差別や貧困・格差をはじめとした世の中と人生の不条理と、人間の醜さ・厭らしさ・狡さ・残酷さや、自分自身のような弱者が抱える闇や苦しみなどと言った、人間と世の中の暗部を抉り出すような暗い物だった。

 

こうした作風のルーツは、彼自身が高校生だった頃に既に成り立っていた。

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ムシメさんの現実的かつ露悪的・厭世的な作風は、彼自身が弱者の悔しさや惨めさなどをこれまで散々味わって来ただけではなく、貧困と幾多ものいじめや挫折などによる理不尽だらけであまりにも不幸な暗い人生を生きて来た事で、不公平な世の中に対して強い不満を持っていた上に、人生と世の中の不条理を知り尽くし、更には人間の暗部を沢山見てきたからこそ描ける物だったのだろう。

 

ムシメさんは主に尊敬する漫画家として、長谷川町子けらえいこ臼井儀人山田花子蛭子能収辛酸なめ子花くまゆうさくさくらももこ西原理恵子楳図かずおらを挙げていた上に、作風と絵柄共に彼らの影響を大いに受けていた他、漫画家として彼らと同じような路線を目指していた。


他に好きな漫画家として、 新條まゆや咲坂芽亜らも挙げていた。

 

ワープア漫画道を読んで思ったが、個人的にムシメさんは弱者の視点で人間の心理を描くのが上手いと感じた。だからこそ、この四コマ漫画集の話は僕にとって心に突き刺さる物が多かった。

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また、ムシメさんは自分が描いた作品内では、自身の姿を骸骨として描いて自虐していた。

これは、彼自身が瘦せこけていた事が理由となっており(身長150cm台半ばなのに対し、体重は一番低い時でたったの40kg未満しか無かった)、実際にムシメさんは身近にいる人達から、「ゾンビに似ている」「骸骨に似ている」などとよく言われていた。

 

ちなみに、この骸骨の姿として描かれた分身キャラは、彼自身のマスコットキャラクターにもなっていた。

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それに、中高年者の顔の描き方には定評があり、どの作品においてもあらゆる中高年者達の姿が、徹底して醜く・恐ろしく描かれていた。

おそらく、日々のアルバイトで自身をいじめてきた中高年の嫌いな同僚や上司らをはじめとした、あらゆる中高年の人達を苦手とし、恐れていたのも理由の一つだろう。

 

それだけではなく、子供の頃から貧困をはじめとした社会的にも理不尽な経験をして来た事で、この社会を動かしている大半の要員でもある中高年層の大人達に対して、不信感や憎悪感を抱いていたのかもしれないとも、僕は考察している。

 

他にも、重度の精神病の影響で問題行動ばかり起こしていた母親の影響もあったかもしれないが、ムシメさんにとって中高年の人々は、まさにモンスターその物でしか無かったのかもしれない。

厳しい現実 

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しかし、現実は甘い物ではなかった。応募した数々の漫画大賞コンテストはひたすら落選が続いただけではなく、アルバイトのいじめやパワハラは一方的にエスカレートしていき、家庭の貧困と生活苦は酷くなっていった。

ムシメさんはそれらによって、卑屈と自己嫌悪感や将来に対する悲観と絶望が増しただけではなく、ワープア漫画道の漫画内での自虐がエスカレートしていった。

 

それだけではなく、ブログのタイトルは自虐的な物へと変わっていった。

 

他にも、五度目の失業で仕事を更に失くした父親は、自身の失業保険が切れてしまったどころか、もう50代という高齢の為に再就職が極めて困難な行き詰まった状態に追い込まれてしまった。

 

それに、自殺願望はやはり絶えていなかった。 

晩年

著名漫画家のアシスタントに就職

念願のプロ漫画業界へ

そして代アニ卒業間近となった2010年の秋、野球漫画の大御所としても知られている著名男性漫画家のアシスタントに採用されて念願のプロ漫画業界に足を踏み入れた。

昔からプロ漫画家になる事を長年に渡って夢見てきたムシメさんにとってこの瞬間は、まさにこれまで経験した事のない程の大きな喜びその物だったに違いないだろう。

 

そうしてムシメさんは、嬉しい気持ちを胸にしながら、前向きに前進して行った。

 

 

…だがしかし、そこで待ち受けていたのは夢と希望に満ち溢れたユートピアのような世界ではなく、あまりにも過酷で残酷な現実と地獄のような世界だった。

待ち受けていた現実

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ムシメさんが就いたアシスタント先の職場は、仕事は非常に過酷で指示がいい加減な上に職場環境と待遇はあまりにも悪く、労働基準法をまるっきり無視した異常な長時間労働で不眠地獄に陥られて心身共にボロボロにされ、更には慣れない住み込みまでもさせられ、ムシメさんは職場に適応できず、仕事が上手くできない事や、自身のいじめられ体質などが原因で、担当の漫画家と先輩のアシスタント達によるあまりにも陰惨ないじめやパワハラを受けていた。

それだけではなく、月収はたったの8万円未満で、この額は自身がかつて務めていたアルバイトの月収額の半分程度という信じられない程の薄給だった。

 

入社前に持っていた前向きな気持ちとプロ漫画家になりたいという夢と希望は、とんでもなくブラックなアシスタント先の職場によってボロボロに打ち砕かれ、社会や業界で上手くやれない上に、プロ漫画家を目指そうとして失敗した自分の事を自分で徹底して責めて追い詰めてしまい、挙句の果てには、自身にとって数少ない心の支えでもあった上に、今まであれほど大好きで夢中になっていた、漫画を描く事と漫画その物(興味のある好きな漫画だけではなく、興味のない漫画も含む)に対してとうとう拒否反応を起こすようになってしまった。

どうにもならなくなった現状 

当時はアシスタント先の職場での苦悩だけではなく、母親の精神病がどうにもならない事と、仕事を既に失った父親がもう50代という高齢の為に再就職が困難になってしまった事や、代アニの学費やマンションの借金を返しきれない事などにもよって、家庭の経済や生活がどうにもならない事にも追い詰められ、更にはマンションの立ち退きを迫られるなど、精神的のみならず、生活的にも人生的にも徹底的に容赦なく追い詰められてしまった。

そうしてムシメさんはついに、莫大なストレスによって精神だけではなく、身体までにも異常をきたして失語症気味になる程の精神疾患鬱病だった可能性が高い)を発症してしまい、とうとう自分自身までもが母親と同様の身になってしまった。

 

だがしかし、ムシメさんは経済面に余裕が無い上に自分自身の保険が切れていた事で、病院にかかる事自体が極めて困難な事となっていた為に、とうとう逃げ場を失ってしまった。

 

結果的にはそうした切迫した事態が引き金となって、ムシメさんはついに自分と自分の人生に対して完全に希望を失くした上に生きる気力までも喪失してしまい、更には自分の事を人間失格と決め付け、とうとう本気で自殺する事を決意してしまった。

 

そして、クリスマスの時期にアシスタントの仕事が休暇期間に入った事で家に帰宅したら、自殺の準備として自分の部屋の身辺整理を行ったりなどした。(実際に身辺整理は12月の初頭にも行っていた)

当時のムシメさんは、ブログを立ち上げたばかりの頃に持っていた、「プロ漫画家になりたい」「自分を変えたい」「負け組から脱出したい」「家庭と家族を貧困から救いたい」などと言ったような前向きな思いや気持ちを一切失くしており、その代わりに諦めの思いしか持っていなかった。

 

それからムシメさんは、まるで末期がんの余命を生きるようなつもりで、自殺するまでの間の日々を精一杯楽しんで生きた。

それにブログでは、それまでの抑鬱的な態度とは打って変わって別人のように明るく振る舞い、その日の日記や昔の懐かしい思い出などを淡々と書き綴っていった。

 

個人的に当時のムシメさんはもうネガティブではなく、ネガティブを通り越して達観してしまった感じしかしなかった。

人生って、莫大な時間と労力をかけても、結局築き上げるのはこうして
ゴミの山なのかもしれない。

自殺 

ブログ最後の記事

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そして、翌年2011年の1月4日未明、ムシメさんは多摩川の河川敷で自身の母親と共に硫化水素自殺を遂げた事によって、わずか23年弱という短い人生を閉じた。

 

享年22歳。

 

自殺する直前には、『灯火』というタイトルのブログ最後の記事を、携帯電話で書いて投稿しているが、個人的にこの記事は、俗に言う死ぬ死ぬ詐欺とは一画したかなりの生々しさを感じた。

この記事には、自殺を行う直前に撮影した多摩川の夜景と思わしき写真が貼られており、それに加えて「街の灯り見てると切ない」という当時の心境を書いた一行だけの短い文章が添えられている。

 

「ここまで来てしまったからもう後戻りはできない。けれども自分にはもう先がないし、生きる気力が全くない。それに、例え今ここで思い留まってこの先を生きたとしても、自分には果てしない暗黒と地獄しか待ち受けていない」

と言ったような、僅かな未練や切ない気持ちが、一行だけの短い文章から感じられた。

当時の報道

自殺の件は当時、産経新聞のネット記事では、以下の内容で実際に報道されていた。

多摩川で男女2人遺体見つかる 50代の母と20代の息子が無理心中か 遺書に生活苦の悩み』

 4日午前7時45分ごろ、東京都世田谷区野毛の多摩川河川敷で、ポリ袋をかぶった男性と女性が倒れているのをジョギング中の男性が見つけ、110番通報した。
 2人は搬送先の病院で死亡が確認された。警視庁玉川署によると、亡くなったのは50代の母親と20代の息子とみられ、倒れていたそばに遺書もあった。同署は無理心中とみて身元の確認を急いでいる。
 同署によると、男性はうつぶせでポリ袋を頭からかぶり、女性はすぐ横にあおむけで倒れていた。
 ポリ袋の中には、トイレ用洗剤と入浴剤を混ぜた液体入りの洗面器があり、硫化水素で自殺を図ったとみられる。
 遺書には生活苦や病気の悩みなどが書かれていたという。

 出典:産経新聞

常連だった2ちゃんねるのスレッドに最後に投稿した文章

ムシメさんは他にも、常連だった2ちゃんねるの自殺関連スレッド(【ノックダウン】硫化水素による自殺111【H2S】)には自殺予告文と、スレ民に対するお別れの挨拶も込めた遺書的な文章を投稿していた。

242 :優しい名無しさん:2011/01/02(日) 22:22:38 id:FTr98ctT
>>240
奇遇ですね。私も明日の未明決行の予定です。
河原でちょうど人気のない、良さそうな場所を見つけました。

244 :優しい名無しさん:2011/01/03(月) 21:31:44 id:TLVVNqgv
いよいよ今日決行となってしまいました。最愛の母と共に逝きます。

こんにち、私の命があったのもドクターキリユ様はじめ
硫化自殺の礎を作ってくださった先人の皆様のおかげのことと思い
心から感謝している次第です。本当にありがとうございます。
お先に失礼致します。

晩年一度投稿した後にすぐ削除したブログ記事

それら以外にも、2010年の12月に一度投稿した後にすぐ削除したブログ記事が存在していた。 

いま家に着きました。

 

ひたすら、放心しています・・・・・・・・・・・

 

でも、久々に家族やねずみちゃんに会えて、ちょっとだけほっとしている

 

この2週間は、本当に言葉にすることのできない、繰り返し襲われる

様々な悪夢との戦いでした。

仕事机に向かうたびに、焦燥感、恐怖感、無力感、脱力感、倦怠感、疲労感・・・

 

様々な苦しみが、繰り返し打ち付けられる波のように訪れ

涙で原稿を濡らしそうになったのは、数えきれないばかりです。

トイレに行って泣こうにも、その回数すらカウントされ、咎められ

睡眠の時間が訪れても、悪夢にうなされました。

外出も制限され、自由時間にすらその自由など存在しない生活でした。

 

唯一の楽しみは、仕事中に繰り返し流されるテレビ番組の音声のみを

聞くことくらい・・・・・・・・・・・

 

けれど、流れてくるのは世紀末のニュース、暗い、悲しい話題ばかり

 

たまにやってくる編集部の人は、先生の前ではヘラヘラしておべっか使って

持ち上げて、他の先生の悪口は好きたい放題言っている。

ほかの先生んとこではその逆をしているんだろう。

また違う日に来た編集は、アンケートの結果が悪い、4位で安泰だと思うなと

作業している横で、挨拶もせずに来て罵倒して、そのまま帰っていった。

人間として、最低の連中だと、思ってショックうけた。

 

もう疲れてしまいました。

 

たくさんの苦痛に耐えていく先の未来に、明るいきざしや光が

全く見えなくなってしまった。

自分の描いていた未来や、あこがれがちぎれるのを見た。

 

このまま生きていても、待ち受けているのはこのままと変わらない

苦痛の連続の毎日だということは、簡単に想像が付きます。

 

こんな毎日が、これから先、無限に続くのかとおもったら

いっそ何度も死んでしまおうとして、さすがに硫イヒ水素は持って行けなかったから

色帯だけ常にバッグに忍ばせ手放せなかったのですが、買い物に入った先のトイレでさえ

衣装を引っ掛けるフックが付いていないと

「これじゃ首が吊れない!!どうしよう!!」

とパニックになり、涙ながらに公園のベンチで顔を伏せて泣きまくるという

そういう生活が続きました。

 

けれど、そんな状況にまで追い込まれても、自分にはそんな心境や近況を

語れるのは、ここのブログくらいのもので、じっさいに頼れる、相談できる

知人や親戚、友達・・・そういう人が本当にいない現実に、驚いた。

 

22年の人生のなかで、いかに自分が、表面だけでの付き合い・・・・・

 

人に嫌われたくない思いが故、おどけピエロに徹して・・・

笑われて、いいように使われて、それで好かれたつもり・・・・

 

本当の人間関係を築いてこれていなかった現実にただ愕然としてしまいました。

 

あとはただ、孤独感との戦いだけでした。

 

仕事先、アシスタントの同僚の人達の輪に入ろうとしても

談笑している先にふと自分が現れただけで

「うわ!びっくりした!」

と言って、会話が止まってしまうという始末・・・・・・・

気まずくなって、すごすごとベッドにもどって、また泣くだけの夜明け前

 

仕事が出来なくって、怒られないのはパソコンでの作業くらい。

それですら、定格通りの画面に仕上がっていなくって、仕事終わってから

わざわざ、先輩アシスタントに因縁をつけられる。

挙句には、廊下をあるく足音や、椅子への座り方にまで文句を言われる始末・・・

ちなみに、その先輩には、自分は名前で呼んでもらったことは一度もない

(たいていは”オイ”か自分に似ている芸人の名前とかで呼び捨てられる)

 

(なんで自分はこんなとこに来てしまったんだろう・・・)

 

そういう自問自答を、何度繰り返したかわかりません。

 

でも思えば、そんなことは今に始まったことではなく

前のバイト、そのまた前のバイト・・・・その更に前

 

学校生活でも、自分は同じような生活を送っていた気がします。

 

ようするに、人間として根本的な部分からして欠陥品。

欠陥まみれのポンコツ暴走列車

それが自分の歩んできた人生であり、人間そのものなんだと思う。

 

だから、自分は自分をもうリコール させてやんないと

この苦しみからは決して逃れられないと悟りました。

 

こんなこと、もっと早く気付くべきだったんだよね。

けど、いつか先にはこんな自分なりの明るい未来が待っていると思って

バカに期待してしまった。

 

待ち受けてるのはひたすら厳しい現実、暗黒の日々。

 

もちろん、理由はこんだけじゃないんです・・・・・・

アシスタントでは、良くしていただいた事だってあるわけだし

厳しいのは、その先輩なりの愛情表現かもしれないという思いで

これが原因になることは、到底ありえません。

 

でも、それ以外の部分・・・・・・・

 

家庭の経済のこととか、病気のこととかが色々かんぜんに切羽詰まってきて

小手先の乗り切る手立てでは、どうしようもないとこまで来てしまいました。

 

頑張ったけれど、もうどうしようもない事態というのは

避けられないっていうのを、見せつけられているんじゃないかと思ったりします。

 

けれど逆の発想でいけば「もういいじゃないか」という、今いろいろな状況が

うまいぐあいに絡まって、臨海地点に達してなんかそういう環境を神様は

つくってくれたのかも知れません。

 

だからもう、自分は自分を、自分で楽にしてあげることにしました。

 

これからお正月のちょっと先まで、休みはあります。

 

その期間に、目一杯やらんいけないことの最低限をやろうと思っている。

 

恐れていた現実、それが目の前に迫ってきてしまっているんだけれども

不思議と恐怖感は無くって(あぁ、やっと終わるのかなぁ)という安心感に包まれている。

 

こんなことまた言ったりして、いつもの死ぬ死ぬ詐欺だと思われのことだと思います。

 

仕事先では、お返事が出来なかったことでこころ苦しいのですが

沢山の励ましのコメント も頂いて、何度も頑張ろうと思っていたことだったり

見ず知らずの自分を支えていただけてること、本当にこれが自分にとっての

唯一の財産になっていること、言うまでもありません。

 

もっとハッキリ言っちゃえば、死ぬのとめていただいて本当にありがとうございます。

自分は、友人を中学の卒業式前日に亡くした(自殺)経験があるので、人一倍なりに

それは理解しているつもりです。

 

でももう、最後のカードを切る時が来てしまったように感じます。

そうするしかないのです、そうなったほうが100%良いのです。

 

今回ばかりは、もうだめだと思うし、そうしなくっては、ならないと思うのです。

だから、ご丁寧な心配のメールや連絡下さったりはしないで頂けると有り難いです。

こんなこと言っていても、究極のダメ人間のことですから

おどけてふざけて、血迷う可能性だってあるのですから。

 

最後のご挨拶はまた改めてさせていただきとうございますが

今年いっぱい、そして、新年の少しの間まで、みなさんと明るく楽しく

残された最後の時間を楽しみたいと思っています。

それまでは、これまでの思い出を振り返ったり

色々なイベント、テレビを楽しんだりして、いつもどおり

元気いっぱい、毎日を楽しんでブログ続けていきたいと思う。

究極の最底辺、蛆虫の、その末路を生暖かく見守ってみてください。

どうかよろしくおねがいいたします。

本当に、いつもいつも、感謝しています。ありがとうございます。

この記事には、本気で自殺を決意した事だけではなく、過酷なアシスタント業と当時のどうにもならない切迫した状況に対する苦悩と嘆きや、自分自身に完全に失望した事によって、自身が抱えている心の闇や苦しみが限界を超えて爆発した事なども殴り書かれていた。

晩年のムシメさんの心境について思う事

ムシメさんにとって、代アニの仲間達や松本肇さん(後述)らを除いたほとんどの他人は、自分の事を虐めて来たり、自分との比較で自分自身を劣等感と卑屈や自己嫌悪に苦しめる為に存在するでしかなく、バイトやアシスタント先の職場をはじめとしたどの場所も、周りが敵だらけで自分が迫害される為に存在する地獄のような場所でしかなかったのだろう。

だからこそ、ムシメさんにとってこの世と自身の人生は、彼自身が自分で言った通り、地獄その物でしかなかったのだと言える。

 

自殺する事を決意した時と自殺する時のムシメさんはどんな気持ちだったのだろうかと考えると、色々と思ってしまう。

 

自己嫌悪が極まり過ぎて自分の事が耐えられない程嫌で嫌でたまらなくなり、服を脱ぎ捨てるように大嫌いな自分自身を脱ぎ捨ててしまいたかったのだろう。

 

ゲームのリセットボタンを押すように自分の人生を帳消して終わらせ、全ての煩わしさから逃げてしまいたかったのだろう。

 

自分の人生を達観してもうダメだと悟り、勝ち組になれなくて幸せになれない(恋愛できない、結婚できない、良い仕事や会社に就けない、裕福になれない、プロ漫画家になれない)くらいなら死んだ方がマシだと思ったのだろう。あるいはそんな自分は生きている価値がないから死んだ方が良いと思ったのだろう。

 

地獄のようなアシスタント先の職場に再び戻る事が、強い拒否反応を起こす程とにかく怖くて嫌で嫌でたまらなかったのだろう。

 

 

何より、将来に少しでも希望を見出す事や生きる事に少しでも自信を持つ事がもうできなくなり、肥大化し過ぎた心の闇と貧困の苦しみにこれ以上耐える事と、自身のあまりにも過酷な人生をこれ以上生きる事がもう限界で、これ以上我慢する事ができなかったのだろう。

 

一方で、一緒に自殺した母親もそれと同じように、自身が抱える重度の精神病にこれ以上耐える事がもう限界で、これ以上我慢する事ができなかったのだろう。

 

両者とも、あまりにも不憫でならない。

親友だった作家・教育評論家の松本肇

ムシメさんの自殺の報告

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ムシメさんの自殺の件は当時、ネットニュースで報道されていた他にも、生前の彼と交友関係があった作家・教育評論家の松本肇さんが、自ら警察署やムシメさんの遺された家族に直接連絡して事実を確認した上で、自身のブログに書いて報告している。 

松本さんはその後も、ムシメさんの事に何度も触れて、彼の追悼記事を書き続けていた。

かけがえのない物だった、ムシメさんとの親友関係

松本さんはムシメさんのスティッカムネットラジオ放送を見てムシメさんの事を知り、後に交友関係を持ったのだが、そんな彼はいつもムシメさんのブログを読んだりしていただけではなく、時々ムシメさんと一緒にどこかへ出かけたり、食事を奢ったり、自身が代表として務めている会社(有限会社トライアルコーポレーション)の事務所に連れて来て簡単な仕事を与えたりなどした。

更には、ムシメさんの家庭問題を解決させる為に、友人の社会保険労務士と弁護士の相談窓口や生活サポートを設けたりしたが、結局ムシメさんはそれらに頼る事などなく、自ら命を絶ってしまった。

しかも松本さん自身は、ムシメさんを何としてでも絶対自殺させない為に、死にたくなったら必ず連絡を入れるように約束したが、ムシメさんがその約束を守る事など無かった。

 

松本さんは、歳が二回り離れたムシメさんの事を弟のように可愛がっていた。だからこそ、ムシメさんにとって松本さんは優しくて頼れる良き兄と言ったような存在だったのだろう。

共に書いた、ムシメさんのプロデビュー作にして遺作
社会人大学院生のススメ―働きながら、子育てしながら博士・修士

社会人大学院生のススメ―働きながら、子育てしながら博士・修士

 

松本さんは他にも、ムシメさんが亡くなった翌年2012年の5月に発売された自身が編纂を務めた書籍のイラストを、漫画家・イラストレーターのぼうごなつこさんと共に担当させた。ムシメさんは書籍内のイラストだけではなく、表紙のイラストまでも描いており、この本はムシメさんの事実上のプロデビュー作にして事実上の遺作でもある。

松本さんがムシメさんに当書籍の挿絵や表紙イラストを描かせた理由には、彼をプロデビューさせたいという思いがあった。

ムシメさんの生涯を振り返って思う事

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今でも色々と考えさせられてしまうムシメさんと彼のブログであるが、ムシメさんの生涯を振り返ってみると何より、彼はやはり、生きる事に人一倍以上努力し、人一倍以上に強く逞しく頑張って生きた人間だったと本当に思う。

 

だからこそ、考え方をひっくり返してみれば、ムシメさんは周りよりも人一倍強い人間だったのではないかと僕は思う。

 

過去の壮絶な暗い生い立ちのトラウマや恵まれていない境遇でどんなに辛くても、日々の貧困生活がどんなに苦しくても、周りが敵だらけで、周りからどんなにいじめられたり馬鹿にされたりしながらも、自分がどんなに不器用で、何もかもが周りに負けてばかりいても、そしてそんな自分の事がどんなに嫌いで憎くても、プロ漫画家になりたいという夢を追いながら、自分の為だけではなく、家族を養い、守る為や、貧しい家庭を支える為にも、日々死に物狂いで必死に体を張ってひたむき頑張って生きた生前の彼の生き様にはとても感銘した。

 

けれどもそれら故に、心が抉られる程もの凄く生き辛かった事だろう。

 

ムシメさんは結果的に、自分自身や社会に打ち勝つ事ができず、肥大化し過ぎた心の闇や貧困の苦しみに押し潰されてしまい、自ら降参したような形で、自ら死を選んでしまった。

まだ22歳という若さだった上に、漫画家としてこれから成長していける可能性や、代アニでの勉強などを通じて上達した漫画の才能をこれから更に磨いていける可能性があったはずだと考えると残念でならない。

しかし、わずか22歳の若さで母親と共に自ら命を絶った最期の選択は、ムシメさんのみならず、母親にとっても、それぞれが抱える苦しみから解放されて楽になる為の最善の選択でもあったのだろう。

 

僕としては他にも、晩年のムシメさんは、

「自分はどうしようもないダメ人間だったし、人生は辛い事や悔しい事だらけで本当に惨めだったけれど、多少は楽しい事や良い事もあったし、やりたい事や好きな事は全て一通りやった。もうこれ以上やり残した事はないし、後悔はしていない。けれども、自分はこの先を生きてもきっと、今まで通り辛い事ばかりしかないだろうし、もうエネルギーを使い尽くしてしまったから、生きる事に疲れ果てた。だからこれでもう終わりにして心身共に楽になりたい」

と言ったような、諦めの思いも混じった人生に対する満足感を抱きながら、自ら人生の幕を閉じたように思えてならない。

 

それにムシメさんは最期まで、自分の為だけではなく、家族の為にも尽くしたと思う。

亡きムシメさんと社会を繋いでいる物

時代の先駆者達

漫画家 山田花子

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僕は個人的に、ムシメさんの事を男版山田花子とも呼んでいる。(吉本興業の女性芸人の方ではなく、故人の漫画家の方)

なぜならムシメさんと山田花子はお互い、とても厭世的かつ悲観的で非常にネガティブな考え方の持ち主であった事と、自虐的な人柄であっと事と、幾多ものいじめや挫折などを経験してきた暗くて悲惨な生涯を送ってきた事や、それらの影響で、世の中と人生の不条理と人間の暗部や自身のような弱者の悲哀をテーマとした露悪的かつ厭世的な作風の漫画を描いてきた事が被る上に、最後はわずか20代前半の若さで自殺という同じ末路を辿ってしまったからだ。

 

また、記録魔であった事と、亡くなる直前までの数年間に渡って日記を集中的に書き綴っていた事も被る。

 

それに、先に述べたように、実際にムシメさんは山田花子を尊敬していた上に、作風や絵柄共に彼女の影響を大いに受けていた。

山田花子の漫画作品や、生前の彼女が書いていた日記やメモなどを彼女の死後に彼女の父親らの手によって自伝書としてまとめられた自殺直前日記は、彼女の死から30年近くが経った今でも、生前の彼女と同じような悩みや生きづらさを抱えている人達のバイブルと言ったような存在にもなっているが、ムシメさんはそんな彼女をリスペクトして、自分のブログや漫画作品を、自分と同じような悩みや生きづらさを抱えている人達に共感してもらいたい、あるいは心の支えになって欲しいという願いや思いを込めていたのだろう。

自殺直前日記 改

自殺直前日記 改

 
メンヘラ系ネットアイドル 南条あや

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ムシメさんと同じ類の人物を更に挙げるとしたら、次はインターネット黎明期の1990年代末期に活動していた、メンヘラ系ネットアイドル南条あやが挙がる。

心に多くの闇や生きづらさを抱えていた彼女もムシメさんと同じように、自分の辛い日常や心境を自身のブログに書き込んで曝け出していた。(その上、ムシメさんとは同年代という事もあって、やはり彼のブログと文面が似ている)

 

その背景には、3歳の頃に母親が離婚した事によって父子家庭で育った事、小学生時代にいじめを受けて不登校になった事、その後進学した私立女子中高一貫校の中等部でもいじめを受けて自殺未遂をした事などと言った、自身の壮絶な暗い生い立ちの影響もあった。

それだけではなく、イタリアンレストラン店を経営している父親との関係が悪い事や、そんな父親と二人きりの息が詰まるような冷たい家庭環境にも日々苦しんでいた。

 

だからこそ、心を激しく病んでいた彼女は、大嫌いな自分自身を殺す勢いで、リストカットオーバードーズをはじめとした自傷行為を常習的に繰り返していた。

 

まだインターネットが世間に普及し始めたばかりの時代だったとは言え、辛い日常や心境を素直に書き綴った彼女のブログは、同じような心の病や生きづらさを抱える若者達から共感や支持を集め、熱心な支持者達によるファンクラブが結成されるまでに至っていた。

 

しかし、日々過剰に行っていた自傷行為の繰り返しによって、知らない間に心臓が肥大化して弁に穴が空いてしまう程身体が弱り果ててしまい、高校卒業後にカラオケ店内で行った致死量に満たないオーバードーズが、弱り果てた身体へのとどめの一撃となって亡くなってしまった。ムシメさんより4歳年下の、わずか18歳という若さだった。

これによって、20歳になったら当時付き合っていた年上の彼氏と結婚するという約束は、永遠に叶わぬ物となってしまった。

 

彼女が抱えていた心の闇は、例え多くの人達からどんなに愛されても、例えどんなに素晴らしい医者や病院に看てもらっても、決して癒される事のない難病同然の物だったのかもしれない。

そう思うと、やるせない気持ちになる。

彼女が亡くなった後に、かつての彼氏が立ち上げたメモリアルサイトは10年以上前に閉鎖されてしまったが、そのキャッシュは今でも残っている為に、今でも彼女が生きていた痕跡に触れる事ができる。

 

死後は他にも、日記などをまとめた自伝本卒業式まで死にませんが発売された。

卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記 (新潮文庫)

卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記 (新潮文庫)

 

亡くなってから今年で20年が経ったが、そんな彼女は今でも、生前の彼女と同じような心の病や生きづらさを抱える若者達に共感・支持され続けており(中には、彼女を崇拝する人達までもが存在する)、メンヘラ界隈ではそうした人達のカリスマ的存在として後世に渡って語り継がれ続けている。

 

また、先程述べた漫画家の山田花子が、ムシメさんにとって漫画家としての先駆者であるならば、南条あやはブロガーとしての先駆者とも言える。

作家 太宰治

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そして南条あやの次には、日本を代表する作家の一人でもある太宰治が挙がる。

太宰治は、感受性が豊かで心に深い闇や生きづらさを抱えていた故に、非常にネガティブな考え方の持ち主だった事と、不器用に生きてきた事や、そんな自分自身を自虐していた事がムシメさんと被る。

それに加えて、両者の顔出し写真を見比べてみると、個人的にはお互い見た目の雰囲気が何となく似ていると感じる。(特に、天然パーマという特徴が共通している)

 

しかも、ムシメさんはブログで自分の事を「おどけピエロ」と称した事が何度もあったが、この表現はいかにも太宰治的だ。

 

それに、先述した「晩年一度投稿した後にすぐ削除したブログ記事」は、太宰治の名作でもある人間失格の第一章「第一の手記」と文面が少し似ている。

 

そんな太宰治は最期、38歳の若さで、当時愛人として付き合っていた戦争未亡人の山崎富栄と共に玉川で入水自殺した。

「元々自殺未遂を何度も繰り返して来た事から、そうした自身のネガティブな性格による説」、「晩年患っていた結核や、長男がダウン症児として生まれてしまったせいで、生きる事に絶望した説」、「芥川龍之介を崇拝していた故に、彼の若くしての自殺にまで憧れてしまい、それを模倣した説」、「実は山崎の方が死ぬ事に対して本気で、そんな彼女に無理やり引きずられた無理心中説」など、未だに様々な考察がされているが、真相はあれから70年以上が経った今でも不明のままである。

 

ムシメさんの自殺は、孤独な死だった山田花子南条あやの自殺に対して、太宰治の自殺と被る。

何と言っても、同じように親しい女性と共に心中自殺したからだ。

しかも驚く事に、自殺した場所が川という事までも被る。(ただし、それぞれの自殺方法は異なっているが)

 

産経新聞は当時、ムシメさんの心中自殺を無理心中と報道していたが、僕としてはムシメさんが母親を強引に道連れにしたとは全く思えない。

ムシメさんは過去にブログ上で、「もし自分が自殺するなら母親も道連れにしなければいけない」などという発言をしていたが、これは半分冗談で言った事だと思う。

しかも、ムシメさんはブログ初期の頃の自殺未遂騒動も含めて、何度も単身で自殺を図ろうとしてきた。

 

それに何より、ムシメさんは晩年、自分自身も心に重い病を患って母親と同様の身になった事で母親の気持ちや苦しみを理解し、ようやく母親と分かち合う事ができた。

もし母親と分かち合う事ができなかったら、ムシメさんだけが単身で自殺していたはずだ。

僕はムシメさんの心中自殺は、ムシメさんと母親がお互い合意した上で共に計画し、共に決行した物なのだと思っている。

 

また、ムシメさんは自殺する10日以上前に、母親と共に等々力と多摩川河川敷を散歩しているが、これは間違いなく、互いが心中自殺する場所を探す為の下見でもあったのだろう。この事に触れると、亡くなる10日以上前に心中自殺を計画していた事が読み取れる。

太宰治山田花子南条あや、そしてムシメさん。彼らを並べると、やはり時代は繰り返される物なのだろうと思ってしまう。

あれから10年近く後の現代 

あれから8年、日本はスマホの普及で誰もがどこでも簡単にインターネットができるようになった事や、LINEやムシメさんも使用していたTwitterなどと言ったSNSが爆発的に普及した事で、己の悩みを発信したり、それを他人と共有したりする事が安易な物になっただろう。

そこからは同時に、日本社会の冷たさや日本人の心の貧しさも見えてくる。情報社会は、世間と人間の心の写し鏡だ。

 

特に去年こと2018年は、日本社会の冷たさや日本人の心の貧しさがよく目立っていた一年間でもあったと思う。

この国で近年問題になっている事

外国人技能実習生問題

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出典:NHK

僕が去年起きた事で、特に腹が立った出来事と言えば、やはり外国人技能実習生問題が挙がる。

近年、アジア諸国から多くの若者達が将来社会に貢献する事を夢見ながら、この国に仕事の技能を学びに来ているだろう。

 

しかし、この国のブラック企業らが彼らに待ち受けているのは、まさに地獄その物だ。

 

そして、彼らに与えられているのは夢ではなく、劣悪極まりない労働環境と、労働基準法を完全に無視した最低賃金未満の異常な長時間労働や、企業の上司達からの異常ないじめやパワハラだ。企業側はもはや、彼らを人間扱いしているとは思えない。

 

それによって、日本に対する憧れや夢を破壊されてしまい、日本と日本人対するに憎しみを持った人達はともかく、追い詰められた末に犯罪を働いた人達と、謎の失踪を遂げた人達や、自ら命を絶った人達もいる。

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彼らを見ると、やはり晩年のムシメさんを思い出してしまう。

 

晩年のムシメさんも、まさに彼らと同じだった。

先程既に述べた通り、プロ漫画家を夢見て専門学校で学び、2年目の秋に著名漫画家のアシスタント業に採用されて念願の漫画業界に足を踏み入れたが、そこで労働基準法を完全に無視した最低賃金未満の異常な長時間労働で酷使され、更には担当の漫画家や先輩アシスタント達からの陰湿ないじめやパワハラに苦しめられて心身共にボロボロにされ、ついには漫画に対する憧れや夢を破壊されてしまった。

 

そして、追い詰められた末に自ら命を絶ってしまった。

 

何故、将来社会に貢献する事を夢見て、海外から遥々来た若者達が、晩年のムシメさんと同じような目に遭い、同じような苦しみを味わなければいけないのか?

この社会問題は本当に胸糞が悪くて、ただただ怒りと憎しみが心の底から絶えなく湧いてくる。それにムシメさんと同じく、追い詰められた末に自ら命を絶った人達もいるのだから。

日本人だろうが外国人だろうが、社員を社員ではなく、奴隷として扱う職場など潰れてくたばってしまえば良い。そう思うばかりだ。

 

しかし、今年の4月に外国人材の受け入れが拡大した事により、外国人技能実習生の悲劇は今後も更に繰り返されていく。そう考えると、ただただ心が痛んで悲しくなる。

「自己責任論」という病

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出典:テレビ朝日

次は自己責任論について述べたい。

自己責任論は、昨年シリアでイスラム過激派組織から無事解放されて、無事帰国したフリージャーナリストの安田純平さんの件で議論になっただろう。

 

今日、格差と競争が激しいこの国では、社会の競争に順調について行けたり、その中で成功した勝ち組などと呼ばれる強者は、逆に社会の競争について行く事が困難だったり、その中で失敗して転落してしまった負け組などと呼ばれる弱者に対し、「お前がこうなったのは、能力が足りないお前自身のせいだ」などと決め付けて叩いて切り捨ててしまいがちだろう。

それは例え、負け組側の相手にどんな理由や挫折(家庭問題、生い立ち、病気・障害など)があろうが…。

 

自己責任論は、特に弱者や脱落者を見殺しにする為には本当に都合の良い残酷な物でもあると思う。 

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だったら僕は言いたい。

ムシメさんの母親が重度の躁鬱病を発症したのは全部彼女の責任なのか?

ムシメさんが幼少期の頃に、ムシメさんの父親が耐震偽装設計などと言う事を全く知らずに、ヒューザー製の新築マンションに住んだのは全部彼の責任なのか?そして、数年後にそれが発覚した時に、ヒューザーに騙されて多額の借金を買ってしまったのも全部彼の責任なのか?

ムシメさんの父親がいくら仕事を真面目に頑張っても、何度もリストラされたのは全部彼の責任なのか?

ムシメさん自身が晩年務めたアシスタント先で奴隷労働をさせられて、担当の漫画家や先輩アシスタント達に散々いじめられて病んでしまったのは全部彼の責任なのか?

本当にキリがない。

 

…だがしかし、この国の大抵の負け組の人々は、「自分が社会の競争に負けて失敗したのは力の足りない自分が悪い」などと思い込んで、自分の首を絞めるように自分を責めがちだ。

だからこそ、そうした人達の中には、自ら命を絶つという取り返しのつかない選択を選んでしまう人達がいるのも事実だ。

 

そもそも日本人は、「いじめられたり、失態などをおかしたりして、その恥を晒しながら生きるくらいなら死ぬ方がマシ」という「人生で失敗したら負け」的な思想が、昔から強いだろう。

 

この国の自殺率が高い理由は、まさにそれも原因の一つであるかもしれない。

 

この国では、弱者もまた、彼らを叩く強者の人々と同じく、自己責任論を過信しているのは言うまでもない。そう考えると、日本人は強者も弱者も共に心が貧しい。

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個人的には、ムシメさん自身も大抵の日本人と同様に、自己責任論を過信していたと思う。

ムシメさんは自罰的なタイプだった故に、何が何でも自分の事をとにかく責め、「自分がこんな状況なのは、無能な自分が一番悪い」などと決めつけて、そんな自分の事を徹底して嫌い、憎み、そして自虐していた。それこそが、強過ぎる自殺願望に繋がっていたに違いないだろう。

確かにムシメさんは、この国の政治も、社会も、自分をいじめてくるバイト先の同僚や上司も、そして自分と家族を騙して人生を大きく狂わせたヒューザーも憎悪していたが、誰よりも憎悪していたのは自分自身だったと思う。

そうした自罰的過ぎる人柄こそが、社会や漫画業界で上手くやって行く事ができなった上に、プロ漫画家になろうとして失敗した自分自身を自ら負けと認めてしまい、自殺という取り返しの付かない選択を自ら選んでしまった事にも繋がってしまったのは言うまでもない。

また、先に述べた通り、生前のムシメさんと交友関係にあった松本肇さんは、生活に困窮していたムシメさんと彼の家族を何としてでも救う為に、わざわざ友人の弁護士や社会労務士の相談窓口や生活サポートなどを設けたが、結局ムシメさんはそれらに一度も頼る事など無く、自らこの世を去ってしまった。

そもそもムシメさんは、小学生時代に母親が重度の躁鬱病を発症した為に、彼女自身が仕事と家事を行う事どころか、普通の生活を送る事すら困難になってしまってから、自分が母親代わりとして自ら家事などをずっと行って事から、責任感がかなり強かったのだろう。

松本さんが設けたサポートなどに頼らなかった理由は、強過ぎる責任感以外にも、「自分は死にたいんだから、他人の助けなんて要らない」という気持ちを持っていたのも理由だと思うが、少しでも他人を頼って欲しかった・他人に甘えて欲しかったのは言うまでもないだろう。

 

こうして考えると、自己責任論とはまさに、日本人の国民病とも言うべき存在でもあるだろう。

同調圧力」という毒

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自己責任論と並んで、この国の社会で生きていく事を苦しめているもう一つの代表的な物と言えば、やはり同調圧力だろう。

 

多様性よりも、画一性を美徳としているこの国では、周囲に合わせて足踏みのできない人間は異端者と見なされて迫害を受ける傾向や風潮が強い。 

それが最もと言って良い程悪い例として現れたのが、間違いなく太平洋戦争時代だろう。当時は周囲に合わせられない人間も、そして政府を批判する人間も、非国民と言うレッテルを貼られて酷い迫害を受けた。

 

しかし、終戦から70年以上が経った今でも、この国の強い同調圧力は健在だ。こうして見ると、日本人は戦前から根本的な部分が何も変わっていないと感じる。

 

そして、この日本社会の強い同調圧力もまさに、自己責任論と同様にムシメさんを苦しめていたのは、やはり言うまでもない。

実際にムシメさんは、ブログを読んだ限りだと周りに流されやすい性格でもあった為に、「自分も周りと同じでなければいけない」という同調圧力の考えに押し潰されていたのが分かる。

だからこそムシメさんは、世渡りが不器用な上に、子供の頃から何もかもが周りに負けてばかりいて、しかも低学歴のワーキングプアという負け組の身である自分自身を自ら責め続け、並びにそんな自分自身を徹底して嫌い、憎み、そして自虐していた。

 

そうした事も踏まえると、ムシメさんはまさに、自己責任論と同調圧力の風潮が強い、この日本社会に殺されたと言っても過言ではないかもしれない。

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出典:PAKUTASO

個人的には他にも、ムシメさんにとってこのような日本の社会を生き抜く事は非常に困難で、不向きな物だったと思う。

だからこそムシメさんは、北・西ヨーロッパ諸国のような、福祉やセーフティネットが充実している上に、個人主義の横社会を敷いている国に生まれていれば大分生きやすかったかもしれない。

 

けれども、人間は誰もが生まれる国と場所と時代と家庭も自由に選べず、オンラインゲームのように性別と見た目や人柄などを自由に選んで決めたりする事なども一切できない。むしろ、何もかもが自動でランダムに決められてこの世に無理矢理生み出されるのが事実だ。

 

残酷な物だが、結局はその時代その場所に合った人生を紡いでいくしかないのだろう。

「日本」という名の監獄島

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出典:毎日新聞

今の時代も、この日本では生前のムシメさんと同じような闇や苦しみを抱えている人々や、生前の彼と同じような境遇の人々は沢山いるだろう。いや、今の社会状況からして、むしろ増加し続けているはずだ。

特に、ワーキングプアの人口はともかく、貧困家庭の数も年々増加している一方にある。それによって、生前のムシメさんと彼の家族と同じように、毎日苦しい思いをしながら逼迫した生活を送っている家族は増え続けている。

しかも、子供の貧困率に至っては、先進国で最悪なレベルに落ちている。だからこそ、この国では夢も人生も踏み躙られている子供達も沢山いるのが事実だ。

 

そして、この国の総合的な貧困率は今や、7人に1人というとんでもなく高い割合に膨れ上がっていて、更には、あらゆる面において先進国で最下位に落ちぶれている。こんな国はもはや経済大国などとは決して呼べないだろう。

 

それだけではなく、この国の世の中では他にも未だに、いじめ、虐待、差別、偏見、貧困、格差、低俗化、そして自殺などと言った負の連鎖が後を絶たない。

 

こんな国はまさに、監獄島という呼び名が似合うだろう。いや、むしろそれ以外に一体何と呼べばいい事か?

 

この国は政治も経済も社会も文化も一方的に後退しているなとつくづく感じる。

遺された家族の現在は?

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僕がムシメさんの事で、今でも特に気になるのは、遺された父親と2人の妹さん方の現在だ。

3人とも健在なのか?

ヒューザーの借金や、ムシメさんの専門学校の学費は果たして完済できたのか?

今はどこで暮らしているのか?ひょっとしたら、あのヒューザー耐震偽装マンションにはもう住んでいないかもしれない。あるいは一家解散して3人それぞれ別々に一人暮らしをしているかもしれない。

それに、2人の妹さん方に至っては、育った家庭環境と生い立ちのトラウマや、母親と兄の二人を同時に亡くした悲しみを、今でも引きずっているかもしれない。

 

それでも僕は、父親も2人の妹さん方も皆、必ず幸せになって欲しいと願っている。むしろこれ以上絶対に、母親と長男が生きていた頃のような辛い目・不幸な目に遭って欲しくない。

それに、3人共幸せになる事が、きっと亡き母親と長男への一番良い手向けにもなるはずだ。

この動画は、2008年の夏にムシメさんが次女と共に夏祭りに行った時に撮影した動画であるが、ムシメさんと次女のやりとりがほのぼのとした感じで実に微笑ましい。

続いてこちらは、次女の13歳の誕生会を書いた記事であるが、長女がケーキを買った事に続き、ムシメさんが「自分も長女のように、次女の為に何かしなきゃいけない」と奮発してわざわざLサイズのピザを買った事に対して、次女に対する思いやりを感じる。この記事は、ブログの中では特に必見だ。

 

次女も長女も、兄と過ごした時間や思い出を一生忘れないでいて欲しい。僕はそう思っている。 

最後に

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僕はムシメさんの事を、彼が亡くなって既に故人という存在になった後に知った為に、言うまでも無く、彼とは面識も関わった事も一切無い。

しかし今でも、少しの事でも落ち込んだりしてしまった時には、ほぼ必ず彼の事を考えてしまう。

先に述べたように、僕はムシメさんに対して、この上ない共感を持っている上に、ただならぬ想いを抱いている。だからこそ、僕にとって彼は特別な存在だ。

 

しかしそれ故に、過去には彼の後を追って自殺しようとまで考えた事が、実際に何度もあった。

 

けれども何より、ムシメさんがあの時に自殺する事を思い留まって、今日も健在だったとしたら、友達になって色々話したり相談に乗ったりしてお互い支え合いたかった。彼はこの僕と色々な面で非常に似ている上に、感性がかなり合うような人物だったからこそ、ひょっとすれば親友関係になれたかもしれない。そんな残念な事ばかり思っていたりする。

 

もう決して不可能な事だが、ムシメさんのブログやワープア漫画道の続きを読んでみたかった。もし今でも生きていれば、ブログにどのような日記や記事を書き、ワープア漫画道にどのような四コマ漫画を描いていたのだろうか。

それだけではなく、もしプロ漫画家となってプロ漫画業界に進出していたら、どのような漫画作品を世の中に送り出していただろうか。考えたらキリがない。

 

僕は少なくとも、もし今も生きていたら、格差やいじめなどが蔓延る今の世の中をぶった斬るような内容の、世の中に対する批判や不満を訴えた社会派漫画や、貧しい人達や生きづらさを抱えている人達などの心の支えや励ましとなるような内容の、自分自身の壮絶な半生を描いた自伝漫画などを世の中に送り出して欲しかったと思っている。

なぜなら、ムシメさんならこの僕も含めた他の人には無い、そうした特別な権利があったと思うからだ。

 

最後に、ムシメさんも彼の母親も、生前はとても悲惨であまりにも薄幸な生涯を送ったからこそ、もし来世という物が本当にあるならば、生まれ変わったら次は、貧困といじめや心の病などとは無縁で、苦しみも悩みも災いもなく、嬉しい事や楽しい事に沢山満ち溢れた、安穏で充実した幸せな人生を必ず送って欲しい。

 

僕は心の底から何よりそう願っている。

 

こうした願いはこの僕だけではなく、今日も健在であろうムシメさんの遺された家族も、かつての代アニの学友達も、弟のように愛してくれた松本肇さんも、そしてその他の彼と親しかった人達とかつてブログの読者だった人達や、彼の事を応援していた人達も願っているはずだ。