Akito's diary books.

There is only one success - to be able to spend your life in your own way.(by,Christopher Morley/1890~1957)

氏ムシメさんの命日

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今日は氏ムシメさんの命日。

9年前の今日、多摩川の河川敷で自身の母親と共に硫化水素自殺。

 

享年22歳。

 

既に故人という存在になった後になってから知ったとは言え、この上ない共感を抱いている事などで、この僕にとっては非常に特別な存在でもあり、思い入れがとても強いムシメさん。

僕は昨年の夏に、ムシメさんに関する詳しいまとめ記事を書いたので、今この記事を読んでムシメさんの事を知ったばかりの人などは、時間に余裕がある時などに是非このまとめ記事を読んで頂けると有り難い。

tsukimi3190logs.hatenablog.com

前回の二度手間になるが、今回はまず、ムシメさんについての簡略的なまとめを書き述べ、後にはそれに加えて、前回述べなかった事を書き述べるとしたい。 

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氏ムシメ(読み:うじ ムシメ)とは、今から10年前に、ブロガー、Web漫画家、イラストレーター、ネットラジオ放送主としても幅広く活動していたワーキングプアの男性である。

 

多彩多趣味な上に、聡明で努力家だった氏は、本命である「プロ漫画家になりたい」という夢を叶える為に、日々アルバイトで稼ぎながらも、漫画やイラストの勉強を積極的に行い、スティッカムでは自作漫画の製作実況や日々の日常生活に関するフリートークを生配信したり、自身のブログや漫画投稿サイトで自作の漫画やイラストを積極的に投稿・公開したりなどして、夢に向かって日々前進していた。

 

 

 

しかしその反面、心に多くの闇や生きづらさを抱えていた。

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母親が重度の精神病に苦しんでいる事と、父親の仕事が常に不安定な事や、自分もそんな父親と同じようにバイトでの仕事が上手く行かない上に、その職場で日々いじめられていて辛い事。

 

自身が住んでいるマンションがヒューザー製の耐震偽装物件である事と、それが高校生だった2005年当時に判明した時に作ってしまった多額の借金を背負っている事で、家庭の経済がかなり逼迫している為に、毎日の生活がとても息苦しい事。

 

この国の過酷な格差社会に絶望している事と、生きづらさを抱いている事。

 

周りに比べて何もかも負けてばかりいる上に、人間的にも社会的にも弱い事などにもよる人一倍強い劣等感や、貧困と幾多ものいじめや挫折などを経験してきた自身の過去の壮絶な暗い生い立ちのトラウマなどと言った、計り知れない程の心の闇を抱えている事と、それに毎日苦しみ喘いでいる事。

それに、そんな自分の事が殺したい程とにかく憎くて大嫌いでたまらない事。

 

そして、以上の理由で人生と将来を悲観していて明るい未来を描けない事や自殺願望を持っている事。

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日々の生活では、住んでいるマンションの借金の返済や、いつか来るかもしれない立ち退きのプレッシャーに追われながらも、重度の精神病を患っている母親と、自分と同じように仕事が上手くいかない父親や、自分と同じくバイトをして稼いでいる上の妹と、当時義務教育を受けていた下の妹と言った自分の家族を養う為や自分の貧しい家庭を支える為に、毎日死に物狂いでバイトをしながら崖っぷちの人生を生きていた。

 

それでもムシメさんは、ブログを立ち上げた時から「負け組から脱出したい」「家庭と家族を貧困から救いたい」「自分を変えたい」という意志や目標を心底から持ち続けていた。

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しかし、決して悪い事や暗い事ばかりが続いていた訳ではなかった。

ムシメさんはブログ初期の頃に行った自殺未遂騒動の後に何とか気を取り直し、自身にとって数少ない貴重な心の支えの一つでもある、プロ漫画家になりたいという夢や、数々の漫画やアニメに対する愛情に目を向け、本気でプロ漫画家を目指す事を決意して立ち直った。

 

それからムシメさんは漫画とイラストの独学を行うようになった他、スティッカムネットラジオ放送で漫画とイラストの制作実況や日々の生活に関するフリートークを行うようにもなり、専門学校の入学を目指す為に、専門学校のオープンキャンパスに足を運ぶようにもなった。

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2009年の4月には念願の代々木アニメーション学院に入学。

そこでは、いじめられ経験や家庭崩壊などの暗い出来事のせいで悲惨だった小学校時代や高校時代とは対極的な、恵まれた交友関係の充実した青春の時間を過ごしながらも、学校での授業や、入学前から精力的に行って来た独学などを通して、漫画とイラストの画力や技術力を磨いていった。

 

更には、自身のブログや漫画投稿サイトで作品を積極的に投稿・公開するようにもなり、更には漫画コンテストに何度も応募するようにもなった。

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それから時が流れて学校生活2年目の秋、ベテランの著名男性漫画家のアシスタントに採用された事で、ついに念願のプロ漫画業界へと足を踏み入れた。

かつてない喜びに包まれたムシメさんは、期待と希望を抱えながら前へと一歩前進していった。

 

 

しかし、そこで待ち受けていたのは地獄のような現実と世界だった。

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アシスタント先の職場は、仕事が非常に過酷で指示がいい加減な上に、職場環境と待遇はあまりにも悪く、労働基準法などまるっきり無視した最低賃金未満の異常な長時間労働で心身共にボロボロにされた上に慣れない住み込みまでもさせられ、ムシメさんは職場に適応できない事と仕事が上手く行かない事や、自身のいじめられ体質などが原因で、担当の漫画家や先輩のアシスタント達による、あまりにも陰惨ないじめやパワハラを受けていた。

 

当時はそれだけではなく、母親の精神病がどうにもならない事と、リストラされた父親がもう50代という高齢の為に再就職が困難になってしまった事や、代アニの学費やマンションの借金を返しきれない事などにもよって、家庭の生活や経済がどうにもならない事にも追い詰められてしまい、その挙げ句にはうつ病と思われる精神疾患を発症して身体にも異常をきたすようになった事で、ついに自分自身までもが母親と同様の身になってしまった。

 

 

繊細過ぎたムシメさんは結果的に、社会や業界でうまくやっていく事も、家族と家庭を貧困から救う事も、自分自身を変える事もできなかった自分の事を徹底的に責めて人間失格と決め付け、そして更には肥大化し過ぎた心の闇と貧困の苦しみに押し潰されてしまい、わずか22歳という若さで自ら死を選んでしまった。

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ムシメさんが漫画の中で一貫して描き続けて来た物は、いじめや貧困・格差をはじめとした世の中と社会の不条理と、人間の醜さ・厭らしさ・狡さ・残酷さや、自分自身のような弱者が抱える闇や苦しみなどと言った、世の中の負の側面を抉り出すような物だった。

 

それらの中で最も代表的な作品は、ブログにも連載していた四コマ漫画集、ワープア漫画道』で、この作品は自身の貧困生活や日常などを、自虐やフィクションを交えて描いたギャグ漫画だった。

絵柄はホラー調の汚くて醜い雰囲気の物となっている上に、登場人物はムシメさん自身も含めて皆、醜い姿で描かれていて世界観は悍ましく、話は特に、アルバイトでの辛い経験を元にしたエピソードや、嫌な思いをして辛くなって首を吊るという救いのないオチが多い。

 

また、この漫画にはムシメさんが日々抱えていた悩みや苦しみがはっきりと描かれている。

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ムシメさんが描いて来た漫画作品はいずれも、露悪的かつ厭世的な作風で、決して万人受けするような物ではなかったが、人間と世の中の暗部や自分自身のような弱者の心理を自虐しつつも戯画化して巧みに描けるような能力は、彼にとっての大きな強みと才能でもあったと僕は思う。

こうした作風は間違いなく、貧困と幾多ものいじめや挫折などによる理不尽だらけで薄幸な生涯を送って来た上に、弱者の悔しさや惨めさを散々味わって来た事で、世の中と人生の不条理を知り尽くし、更には人間の暗部を沢山見て来たムシメさんだからこそ描けた物だったのだろう。

 

ちなみにムシメさんが生前描いたほぼ全ての漫画・イラスト作品は、3年くらい前に氏のファンと思われる人物がPixivに立ち上げた、氏の非公式アカウントでまとめ読みする事ができる。(全て無断転載であるが)

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けれども何より、僕としてはムシメさんは、自分がどんな苦境にあっても、何としてでもできる限り人生を楽しみ、自分自身と社会に打ち勝って、本気で挽回・成功させようと思いながら、人一倍強く逞しく生きることに努力しながら生きたのだと思う。

だからこそ、絶対諦めずに頑張り続けたら、その先に希望に満ち溢れた桃源郷のような明るい未来があるはずだと自分に言い聞かせながら日々生きていたのだろうとも、僕は思っている。

 

しかしムシメさんは結果的に、自分自身や社会に打ち勝つ事ができず、肥大化し過ぎた心の闇や貧困の苦しみ押しつぶされてしまい、わずか22歳という若さで自ら命を絶ってしまった。

それでも僕としては、晩年のムシメさんは、

「辛い事や悔しい事ばかりの人生だったけれど、やりたい事や好きな事は全て一通りやったし、楽しい事や良い事もあった。けれども、自分はこの先を生きてもきっと今まで通り辛い事ばかりしかないだろうし、エネルギーを使い尽くしてしまったから、もうここで終わりにして心身共に楽になりたい」

と言ったような、人生に対する満足感も入り混じった、諦めの思いを抱きながら自ら人生の幕を閉じたように思えてならない。

 

それに何より、ムシメさんは最期まで自分の為だけではなく、家族の為にも尽くしたと思う。

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まとめ記事で既に書き述べた通り、僕はムシメさんの事を男版山田花子とも呼んでいる。

言うまでもないように、ムシメさんと山田花子はお互い、同類の漫画を描いていた上に、人柄と考え方や、生前の生涯や生き方なども被っており、最期はわずか20代前半の若さで自殺という同じ末路を辿ってしまったからだ。

 

しかも、記録魔で日々集中的に日記を書き綴っていた事も被る。

 

そんな山田花子がプロの漫画家として活動していた1980年代後半から1990年代初頭にかけての時代と言えば、世間はバブル景気真っ盛りであったが、そんな当時はインターネットネットという道具まだ存在していなかった上に、しかも生きづらさに対する理解がほとんど無かったようである。

だからこそ、彼女が描いた漫画は当時にしては、世間では受け入れ難い物だったのかもしれない。

 

それだけではなく、多くの人々が拝金主義に走っていた当時の狂気的な世の中は、あまりにも繊細で真面目過ぎた彼女にとっては本当に生きづらかったのかもしれないとも僕は思う。

 

そうした事も踏まえると、彼女は生まれて来たのも死ぬのも早過ぎたと言えるだろう。

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出典:株式会社アゲハ ソーシャル・ガールズ・マーケティング

 

…しかし、あれから30年程経った今の時代はどうだろうか?

 

僕としてはやはり、インターネットだけではなく、スマホSNSも幅広く普及している事で、人と人との繋がり方が広がっている今の時代は、生きづらさの声を上げる事が安易な物になっている上に、生きづらさに対する理解が大幅に進んでいると思う。

こうした進歩は、発達した今の情報社会の恩恵でもあるかもしれない。

 

それだけではなく、この僕も含めた今10代~30代の若者達の考え方や価値観が多様化している影響もあるだろう。

だからこそ、同調圧力や画一性を美徳・伝統としている日本社会に対して不満や生きづらさを抱いている人達は、近年増えているはずだ。

 

こうした事は、まさに社会的にも大きな変化であると言えるだろう。 

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出典:財務省

その一方でこの国は今、多くの重い課題を背負っている。

 

東日本大震災福島第一原発事故によって引き起こされている放射能汚染と被曝のリスク。増加する一方にある国の借金。少子高齢化に伴う人口の減少。各業界の人手不足。猛威を振るうブラック企業やブラックバイト。止まらない若者達の自殺。今でも続いている男女の格差。自己責任論の横暴による社会の脱落者らに対する切り捨て。歪んだ集団主義と画一性・同調圧力の伝統・美徳の横暴や、それにもよる社会的マイノリティーらに対する差別や偏見。

 

そして、子供の7人に1人が貧困という、先進国で最悪レベルの貧困状態にあり、生前のムシメさんと彼の家族と同じような境遇にある人や家庭が増えている事。

 

それだけではなく、スマホSNSの幅広い普及にもよる、発達した今の情報社会は様々な恩恵をもたらしてる一方で、陰湿ないじめや高度な犯罪などの発生源にもなっている。

確かに、若者達を中心とした人々の考え方や価値観が多様化している上に、生きづらさに対する理解がどんどん進んでいるとは言え、この国とその社会にはまだまだ多くの課題があり、先が見えない状態にあるだろう。

 

去年、31年間に渡って続いてきた「平成」の時代が終わり、「令和」という新しい時代に入った今、これから先一体どのような未来が待ち受けているのか。

しかし決して、まだ先は明るいとはいい切れない。

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僕はまとめ記事で、先述した漫画家の山田花子、メンヘラ系ネットアイドル南条あや、そして日本人であれば名前を知らない人はいない作家の太宰治と言った三人の人物を、ムシメさんと同じ類の人物として、並びに彼にとっての時代の先駆者として挙げた。

表現の形は様々であるが、彼らのように自身が抱える生きづらさを表現しながら生きてきた人達がいつの時代にも存在して来た事を踏まえると、やはり時代は繰り返されている物なのだと僕は実感する。

 

そして今回この記事では、ムシメさんが亡くなった後の今日までの間の時代において、生前の彼と同じように、生きづらさを表現しながら生きてきたネットの著名人を挙げるとしたい。

今回挙げるのは、僕が興味深く思っている二人の人物であるが、両者ともムシメさんと同じく故人である事が共通している。

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出典:CINRA.NET

 

まずは一人目として、「ぽわぽわP」などの名義でも活動していたボーカロイド楽家椎名もたが挙がる。

氏は生前、ニコニコ動画を中心に活動し、主にそこで自身が製作した数々のボーカロイド作品を発表していた。特に、最も有名な作品は間違いなく、『ストロボラスト』とそのシリーズ楽曲だろう。

椎名は4歳の頃に姉の影響で音楽教室に通い始めるようになり、そこから音楽の世界に足を踏み入れた。その後の小学生時代はマーチングバンドに入って活動している。

音楽に対する情熱は中学生になっても尽きず、中学時代は吹奏楽部に入った。

 

しかし、そこで思わぬ災いが降りかかった。

 

部活では、先輩の女子部員から陰湿ないじめを日常的に受け、後に退部する事となってしまった。

これによって、音楽に対する情熱が尽きると思いきや、退部直後に初音ミクに出会った事でボーカロイドに興味を持ち、それからボーカロイドの音楽活動を夢中になって行うようになった。

そして2009年6月末には、デビュー作である『now_ReMiX』を投稿し、その後も数々のボーカロイド楽曲を製作・投稿するようになった事で、人気や注目を集めるようになった。

 

だが3年生の頃、家庭の事情で念願の志望校に行けなくなり、そのショックやストレスから体調を徐々に崩すようになってしまった。

 

その後は、志望校とは別の高校に進んだが、そこでの学校生活が満足できなかった為に、定時制編入した。しかし、定時制での学校生活も同じように満足できず、中退。

心をますます病んでいた当時は、家庭環境の不満などを吐き出すようになり、更には自殺願望を持つようになるまで至った。

これによって椎名は、ネット上で叩かれるようになってしまった事で、音楽活動を休止。

 

しかしそんな時、後に所属レーベルとなる「GINGA」が、どん底に落とされていた椎名に手を差し伸べ、再び音楽活動を再開する事となった。

その後は、『アストロノーツ』や『怪盗・窪園チヨコは絶対ミスらない』をはじめとした数々の楽曲を続々と製作・投稿した事で、音楽活動が再び活発化して勢いを増し、2012年3月には、初のソロアルバムである『夢のまにまに』をリリースした事で、ついに商業デビューを果たした。

store.umaa.net

 

 

 

 

 

しかし、時が流れて2015年7月23日、初音ミクの楽曲である『赤ペンおねがいします』をニコニコ動画に投稿した後に、椎名は謎の死を遂げた。

享年20歳。

 

亡くなる直前には、自身のツイッターアカウント上で、謎に包まれた内容のツイートを投稿していた。

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しかも、このツイートを投稿する前には、

「制服デートというイベントを達成できなかった自分に赤ペンを」

「あなたのようになれたなら…どんなに…よかったろう…なぁ…」

と言った内容のツイートを投稿しているが、おそらく椎名は、中学時代に吹奏楽部でいじめを受けた事と、家庭問題の影響にもよる高校受験の失敗と、後の定時制への編入・退学や、当時激しい鬱状態となってネット上で叩かれた事と、その影響で音楽活動をやめてしまった事などにもよる、悲惨だった中学〜高校時代を引きずり続けていたのだろう。

だからこそ、青春漫画のようなバラ色の学生時代を送れなかった自分に対して、悔しさや罪悪感を抱いていたのだろうと、僕は考察している。

 

椎名の死因は、今でも彼の家族の意向によって公表されていないが、個人的には最後の日の流れからして、自殺の可能性が高い。 

また、椎名が楽曲の中で特に多く表現していた物は、心の闇だった。

ポップなメロディーとは裏腹に歌われている、孤立感、疎外感、自己否定感、自己嫌悪、厭世観、嫉妬、後悔、そして底の無い生きづらさ。

いじめや数々の挫折を経験してきた上に、悩んで悩んで悩み続けて来た椎名は、自身が心の深淵に抱えていた闇を、楽曲として昇華し、それを世の中に発信していたのだろう。

こうした表現力とセンスは、やはりムシメさんと通じるものがある。

linkco.re

また、亡くなってから丁度4年が経った昨年の7月には、椎名が生前作り溜めた未発表音源集『故に。』がリリースされた。

当アルバムは、椎名が生前親交のあったアーティストら(ササノマリイ氏など)も手がけている。

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出典:STORYS.JP
そして次に二人目として、ライダー系のYouTuberやツイッタラーとしても活動していた田代剛さんが挙がる。

鹿児島県に在住し、引きこもりの個人事業主としての面も持ちながらも、愛車であるスズキのGSX1300Rハヤブサとホンダのクロスカブに乗るライダーとしての面も併せ持つ、アクティブな生き方をしていた氏であるが、その背景にあったのは、暗い過去と心の闇だった。

田代さんは、1979年11月22日に鹿児島市の住宅街の片隅で電気屋を営む家庭の長男として生まれており、下に弟がいる四人家族だった。

しかし、温和で真面目だった父親に対して、母親は要領が良くて精力的だった一方で、感情の突起が激しい上に支配欲が強く、温和な父親はそんな母親に逆らえずに従ってばかりいた。

また、幼い頃の田代さんは、人見知りが激しくて気の利かない性格だった一方で、4歳年下の弟は甘え上手で要領と人柄の良い性格という対照的な人物だった。

 

しかし、そんな子供の頃にある出来事が起きた。それは、夜中に弟と母親との三人でドラマを見ていた時に起きた事であるが、弟と母親は号泣する程ドラマに感動していた一方で、少ししか感動せずにただ無表情で画面を眺めていた田代さんは、母親に冷たい事を言われてしまった。

それ以降、田代さんは母親との関係が悪くなってしまい、更には家族の中で孤立するようになってしまった。

 

それでも小学生の頃は、学校では元気で活発な子供として明るい学校生活を送り、とても充実していた日々を送っていたが、後に進学した先の中学校で、後の人生に悪い影響を及ぼしてしまう程の暗い出来事に直面してしまった。

 

中学生になってしばらくした頃、小学生の頃から仲が良かった友達と些細な事で仲が悪くなっていじめを受けるようになり、いじめは後に、休み時間や昼休みに、他の生徒達が見ている前で数人に寄ってたかられる集団いじめへと発展した。

いじめっ子に為す術もなく怯え続け、学校に行く事が辛くなってしまい、家族や他の誰にも打ち明ける事すらできず、家族どころかクラスや学校の中でも孤立するようになってしまった田代さんは、人間嫌いと対人恐怖症に陥ってしまって、休み時間や昼休みの大半を図書館で過ごすようになり、そこでただ一人勉強に没頭したり、本棚の本を読んで現実逃避するなどして、自分の殻に閉じこもるようになってしまった。

それと同時に、自信や自己肯定感どころか生きる意味や意欲までもどんどん失ってしまい、内向的な暗い性格になってしまった。

その後、地元から離れた少し場所にある私立高校の進学科へと進学した田代さんは、3年間にも及んだ地獄のような中学生活からようやく解放され、大学へ進学すると言う目標を自ら立てて、将来に向かって勉強に励んだ。

それに進学科だった故に、ただひたすら勉強に追われる日々を送っていただけではなく、中学生の頃にいじめを受けた影響で生まれてしまった現実逃避癖や内向的な性格によって、暇な時にはゲームに没頭するようになってしまった。

 

そこにはもう、元気で活発だった子供の頃の面影は全く無かった。

 

高校卒業後は地元の大学に進学したが、その後の目標が定まっていなかった上に、大学合格が人生のゴールとなってしまった事で、生きる目標をすっかり失っていた。

しかも、内向的な性格で物事を悲観的にしか考えられなくなってしまった田代さんは、現状に対する解決策すら見出す事ができなくなり、学校へは行かず、ただひたすら現実逃避するかのようにゲームに没頭していった。

 

そして3年生になった頃に大学を中退。その後も生きる目標が定まらず、ゲームに没頭しながら仕事を転々としていった。

 

 

それから時が流れて30代後半となった頃、田代さんに転機が訪れた。

 

何と、バイクに目覚めた事で、ライダー系のYouTuberとツイッタラーとして活動するようになったのだった。

YouTuberになって始めた企画は何と、愛車のハヤブサとクロスカブによる日本一周旅行というビッグプロジェクトだった。

YouTubeツイッターではアクティブな面を見せただけではなく、ネットを通じて多くの人達と交流するようになり、中学時代から暗くて内向的な性格になっていた田代さんは、自分の殻を破るようになって、明るく外向的になっていった。

 

田代さんにとって、ライダー系のYouTuberとツイッタラーとして活動していた頃は、本当に楽しく充実していた物に違いないだろう。

また、愛車のハヤブサとクロスカブは、一緒に色々な場所へ連れていってくれる良き相棒でもあったのだろう。

 

それだけではなく、バイクに乗って様々な場所を旅して、そこで様々な物を見たり触れたり、様々な経験をして感動した事で、かつての輝かしい童心に帰る事や、中学時代のいじめられ経験によって失った心や感情を取り戻す事ができたに違いないだろう。

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2018年4月に発売された「単車倶楽部 2018年Vol.5」には、何と自身のクロスカブによる日本横断旅行が取り上げられ、読者や他のライダー達の注目を集める事となった。


そして同年6月、田代さんはハヤブサと共に巡る北海道上陸から道北までのバイク旅行を始めた。

旅は6月5日に函館から始まり、そこから道内の様々な場所を巡りながらも、様々な経験をしていった。

 

利尻島礼文島の美しい大自然に直接見て触れて感動した事。

 

知床でクルーズに乗って、美しい海を見たと共にクジラやイルカを近くで見て感動した事。

 

様々な温泉に浸かって、心も体も癒していった事。

 

ご当地の美味しい料理を沢山食べた事。

 

三笠市立博物館で大きなアンモナイトの化石を見て驚いた事。

 

あらゆるキャンプ場や場所でテントを張って寝泊まりしていった事。

 

焼尻島からフェリーに乗って北海道本島に戻って来た時、鮮やかな夕陽が出迎え、それを見て感動した事。

 

標津町のキャンプ場の受付でエゾリスに出会った事。

 

別海町で鶴の求愛ダンスを見た事。

 

旅の途中、9月6日に発生した胆振東部地震による停電被害などに見舞われてしまい、それによって旅に支障が出てしまった事もあったが、それでも田代さんはトラブルを乗り越えて旅を続けた事で、ファン達を元気付けた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それから20日後の同月27日の夜、田代さんは南富良野町にある金山ダムで、愛車のハヤブサを遺して投身自殺を図った。

享年38歳。

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自殺する直前には、その場で最後のツイートを投稿しているが、当ツイートはムシメさんのブログの最後の記事である『灯火』を彷彿させる物だった。

当ツイートには、ファン達に対するお別れのメッセージを綴った文章に加えて、自殺する直前に撮影した金山ダムの夜景写真が貼られている。

また、田代さんはツイッターだけではなく、自身のフェイスブックアカウントに投稿した最後の記事にも、ファン達に対するお別れのメッセージを綴ったと共に、同じ金山ダムの夜景写真を貼っていた。

www.facebook.com

その後、北海道に在住する田代さんのとあるファンが、最後のツイートあるいはフェイスブックの記事を見て不審に思い、そこに貼られている写真の場所を金山ダムと特定し、警察にすぐ通報したと共に真っ暗な真夜中に自らその場へと向かった。

しかし、そこには田代さん本人の姿はどこにもなく、愛車であるハヤブサが寂しげに遺されていただけであった。

 

そして、田代さんの遺体は警察らの手によってダムの溝で発見され、引き上げられた。

 

僕としては、田代さんはおそらく、最後の北海道旅行は、旅先で自殺する事で終える二度と帰る事のない、片道切符の旅になるように事前に計画していたのだろう。

また、自殺する人の特徴の一つとして、自分の死期を決めた後や自殺する前になると、それまでの抑うつ的な態度とは打って変わって、人が変わったかのように不自然に明るくなるというケースがあるが、田代さんとムシメさんはまさにその例だろう。

 

好きなバイクに乗ってどんなに走って爽快感を得ても、行きたい場所へどんなに旅しても、そしてそこでどんなに素晴らしい経験をしてそれに感動しても、長年に渡って心の底に抱え続けてきた闇は完全に癒されるような物ではなかったのだろう。

 

そう思うと、やるせない気持ちになる。

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ムシメさんが亡くなってからちょうど9年が経った今日も、この国では生前の彼と同じような心の闇や生きづらさを抱えながら生きている人達は、この僕自身も含めて沢山いるだろう。

それに先述した通り、この国は今、子供の7人に1人が貧困という深刻な格差社会である事から、生前の彼とその家族と同じような境遇にある人達が沢山いる事も言うまでもない。

こうした生きづらい世の中だからこそ、ムシメさんの存在は社会問題の一環として、絶対に風化してはならない物なのだと僕は考えている。

 

それに僕は、ムシメさんの存在で心を救われた事が今まで何度もあった。

何より、僕は今まで生きてきた中で、彼よりも共感した事のある人間は他に誰一人もいない。

 

今まで、ふとした事で辛い気持ちになった度に、ムシメさんの事を考えて彼に対する共感を得た事で安心した事は何度あった事か。

彼のブログ記事やそこにも連載していた四コマ漫画ワープア漫画道)を読んで、そこに感情移入した事は何度あった事か。

 

思い出すだけでもキリがない。

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しかし、ムシメさんのブログは近い将来、運営会社(Seesaa)によるブログサービスの終了や、遺族の手による自己削除で、いずれネット上から消えてしまうかもしれない。何と言っても彼のブログは、彼にとって最も貴重な作品集であり、そこには彼が描いて来た数々の貴重な漫画・イラスト作品も掲載されている。

また、先述したムシメさんのファンと思われる人物がPixivに立ち上げた、ムシメさんの非公式アカウントに投稿されているムシメさんの漫画・イラスト作品は、無断転載による物である為に、遺族の通報によってアカウントごと消されてしまう可能性もあるだろう。

www.stickam.jp

実際に、ムシメさんが生前ネットラジオ活動で利用していたコンテンツであるスティッカムに投稿されていたネットラジオの録画動画などは全て、3年前(2017年)の2月頃に全て削除されている。おそらく、彼の遺族がプライバシー保護などの為に自主削除した可能性もあるだろう。

もし、ムシメさんが生前残した記録などがネット上から全て消えてしまえば、ムシメさんの存在自体が忘れ去られてしまうかもしれないのは、やはり言うまでもない。

 

しかし、それでも僕はムシメさんの事を決して一生忘れない。それに、今後もできれば今日のように、こうした場などでムシメさんの事を語り継いでいきたいとも考えている。

 

何より、かつてこの国に「氏ムシメ」という名の一人の弱者が存在していた事と、今日もこの国には生前の彼と同じような生きづらさを抱えながら生きている人々や、同じような境遇にある人々が大勢存在しているという事を決して忘れてはならない。

 

何と言っても、彼が生前抱えていた数々の問題は、今でもこの国の社会問題であるからだ。

 

これを言うのは2度目となるが、ムシメさんも彼の母親も、生前はとても悲惨であまりにも薄幸な生涯を送ったからこそ、もし来世という物が本当にあるのならば、生まれ変わったら次は、貧困といじめや心の病などとは無縁で、苦しみも悩みも災いもなく、嬉しい事や楽しい事に満ち溢れた、安穏で充実した幸せな人生を必ず送って欲しい。

それこそが、この僕が彼に対して抱いている一番の願いであり、並びに一番の手向けでもある。

最後に、改めて合掌…。